彼女が生きた最後の夜 The last Night that She lived

彼女が生きた最後の夜 それはありふれた夜だった 死にゆく者がいること以外は – そのことで 自然は違ったものに見えた わたしたちはごく些細なことに気づいた – それまで見過ごしていたものが この大いなる光によってわたしたちの心に いわば – 斜体字(イタリック)で刻まれた わたしたちは行き来した 彼女の最後の部屋と 明日も生きている者たちの部屋のあいだを なぜか気が咎めた ほかの者は存在しつづけるのに 彼女は真の終わりを定められた 彼女への嫉妬が沸き起こった ほとんど無限ともいえる嫉妬が – 彼女が逝くまで私たちは見守った – それはかぼそい時間だった – わたしたちの魂は争い合うばかりで言葉にならず そのうちに知らせが来た 彼女はなにか言いかけて忘れ – それから水面に傾く葦のように 軽やかに、ほとんど苦しむことなく – 同意し、逝った – そしてわたしたちは – 彼女の髪をまとめ 頭を真っすぐにした – そのあとの恐ろしいほどの空しい時間 すべてを滞りなく進めるという信念だけ –

(R. W. Franklin(ed.), The Poems of Emily Dickinson. Cambridge: The Belknap Press of Harvard University Press, 1999. No.1100.今福龍太訳)