獣がかじるのは

原発事故で飼い主が避難勧告を受けた際、 牛舎に置き去りにされた牛たちがいた。 木製の柱につながれた牛たちは、空腹のあまりその柱をかじって死んでいった。 牛たちの歯の痕を残す柱の両脇には、 華道家の片桐功敦によってサザンカが生けられた。

獣がかじるのは 広い草原で草を食む記憶 喉をうるおす水の夢 獣がかじるのは 天と地を支える朽ちた柱 牧場主との契約 獣がかじるのは 地球にのこされたわずかな時間 傾き続ける地軸 はじきだされた欲望 じんしんせいの津波 獣がかじるのは 淀みなく流れてめぐりゆき あなたの足元に戻るさざ波 獣がかじるのは 私の血 あなたの骨 大地の頚動脈 落下する天体のかけら 獣がかじるのは 種から種へのつらなり 私とあなたをつなぐいとなみ 花がまとうのは 獣の魂 時空のかなた 地の底に眠るものたち 花がまとうのは 生と死のみぎわ あなたがかじりつづけるものを かぎりない循環へといざなう祈り

(初出:『妃』24号、2022。『見晴らしのよい時間』赤々舎、2024に収録)